笹切り
1.奥州最上家重代、相州貞宗の太刀の異名です。笹刀ともいいます。山形城主・最上義守が十六歳で、橋下(上山市)の戦に初陣したとき、賞として父より譲られました。その子義光も十六歳で、永禄四年(一五六一)四月四日の夜、高湯温泉(山形市)に父とともに入湯していたとき、七十余人の盗賊に襲われました。義光が勇戦して賊首を斬った功を賞して、義守が笹切りの太刀を譲りました。
2.榊原康政の鎌槍の異名です。徳川家康が永禄十一年(一五六八)三月二十七日、今川氏真の臣・尾藤彦四郎の守っている、遠州敷智郡堀川の城を攻めた時、康政はこの槍をふるって一番乗りをしました。
参考文献:日本刀大百科事典