日本刀の世界 ~日本の様式美~

日本の伝統文化である日本刀の刀工・刀鍛冶、名刀、刀剣書籍など

【刀剣紹介】岩切藤四郎

日本の美、日本刀

まだ腰に刀を差していた時代、日本刀は自分の身を守るためだけではなく拵えの装いや粋な刀装具を周囲に見せ、その刀を差す武士の品格を表していました。また、現代のように自身を彩るものは多くなく、腰に差す刀剣でその人のお洒落さをも表していたといいます。そんな千差万別ある日本刀を紹介していきます。

岩切藤四郎

『享保名物帳』所載の短刀です。長束藤四郎ともいわれます。豊臣家五奉行の一人・長束大蔵少輔正家が豊臣秀吉の遺物として拝領したものだからです。正家は関ヶ原合戦に敗れ、江州水口城で自決しました。その後、本刀は福島左衛門大夫正則の手に渡り、子息・市之丞正利に譲られましたが、正則も城地を召し上げられ、信州に蟄居の身となりました。正則が寛永元年(一六二四)に没すると、正利は三千石の旗本に取り立てられました。寛永十四年(一六三七)に正利が没すると、後嗣がなくお家断絶となりました。福島家から流出の経緯は不明ですが、寛文十二年(一六七二)に豊前中津城主・奥平家から本阿弥家にきて、金十七枚の折紙が付けられました。
刃長は七寸六分五厘(約二三・二センチ)で平造り。差し表に刀樋、裏に護摩箸を彫る。地鉄は板目肌、地沸えつき映りがある。刃文は直刃、もとに五の目を焼く。中心は目釘孔二個。「吉光」と二字銘。
戦後は奥平家を出て、現在は重要文化財に指定されています。

参考文献:日本刀大百科事典
写真:刀剣名物帳「岩切藤四郎」

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