日本刀の世界 ~日本の様式美~

日本の伝統文化である日本刀の刀工・刀鍛冶、名刀、刀剣書籍など

【刀剣紹介】青木来国次

日本の美、日本刀

まだ腰に刀を差していた時代、日本刀は自分の身を守るためだけではなく拵えの装いや粋な刀装具を周囲に見せ、その刀を差す武士の品格を表していました。また、現代のように自身を彩るものは多くなく、腰に差す刀剣でその人のお洒落さをも表していたといいます。そんな千差万別ある日本刀を紹介していきます。

青木来国次

『享保名物帳』所載の短刀です。もとの持ち主である阿閉万五郎貞征は、浅井長政の臣・阿閉淡路守長之の子で、明智光秀に従い、山崎合戦で討ち死にしました。その後、文禄(一五九二)のころは、越前府中城主・青木紀伊守一矩が所持していました。一矩は本阿弥光徳に鑑定を学んだことから、光徳の世話で本短刀を手に入れてのだと推察できます。のちに子・右衛門佐俊矩に譲りましたが、関ヶ原合戦で西軍に応じ、除封となりました。それで福島正則に売りました。正則はこれを徳川家に献上したが、明暦(一六五五)の大火にて焼失してしまった、とされており『享保名物帳』では焼失の部に入れてあります。
刃長九寸四分五厘(約二八・六センチ)で銘は「来」の字の下部が目釘孔にかかり「次」の字は消えていたので、本阿弥光徳が来国次と極める。折紙は七千貫で、現在所在不明となっています。

参考文献:日本刀大百科事