日本刀の世界 ~日本の様式美~

日本の伝統文化である日本刀の刀工・刀鍛冶、名刀、刀剣書籍など

【刀剣紹介】織田左文字

日本の美、日本刀

まだ腰に刀を差していた時代、日本刀は自分の身を守るためだけではなく拵えの装いや粋な刀装具を周囲に見せ、その刀を差す武士の品格を表していました。また、現代のように自身を彩るものは多くなく、腰に差す刀剣でその人のお洒落さをも表していたといいます。そんな千差万別ある日本刀を紹介していきます。

織田左文字

『享保名物帳』所載の太刀です。織田信長次男の信雄に伝わっていたものが、のち井伊家に移りました。天正十二年(一五八四)六月、信雄の重臣・前田与十郎が尾州蟹江城において、信雄に反旗を翻したとき、井伊直政がその鎮圧に駆けつけています。おそらくこの時、信雄がお礼に贈ったものでしょう。井伊家では本刀を慶安四年(一六五一)極月三日、本阿弥光温のもとにやり、金百枚の折紙をつけさせました。幕末になると、井伊直弼の兄・直亮は「おた左」とみずから書いて、それを鐔に透し彫りさせ、本刀にかけていました。明治十九年、靖国神社遊就館に出品されました。しかし、現在は所在不明です。
刃長は二尺二寸四分五厘(約六八・〇センチ)で、大磨り上げ、無銘。表裏に棒樋をかき、添え樋もすこし残る。大切先で、表の刃先より四分(約一・二センチ)ばかり下、刃のうえに疵、物打ちに刃こぼれがあった。佩き表の刃文は左文字風の大きな乱れ刃だったが、裏は備前元重風の逆足乱れ。鋩子は尖った火炎鋩子だった。

参考文献:日本刀大百科事典
写真:刀剣名物帳「織田左文字」

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