日本刀の世界 ~日本の様式美~

日本の伝統文化である日本刀の刀工・刀鍛冶、名刀、刀剣書籍など

【刀剣紹介】岩切海部

日本の美、日本刀

まだ腰に刀を差していた時代、日本刀は自分の身を守るためだけではなく拵えの装いや粋な刀装具を周囲に見せ、その刀を差す武士の品格を表していました。また、現代のように自身を彩るものは多くなく、腰に差す刀剣でその人のお洒落さをも表していたといいます。そんな千差万別ある日本刀を紹介していきます。

岩切海部

『享保名物帳』追記之部所載の刀です。本刀は三好長慶家重代で、数度の戦で功名をあらわした業物といいます。その由来を書いたものが永井十左衛門直貞の家にありました。直貞は下総国古河城主・永井右近大夫直勝の三男で、四千三百石の旗本でした。同家に由来書きがあったのは、刀が同家にあったからに違いありません。それを本阿弥光温が写し取っていたが、それがその後、焼失してしまったので刀号の由来は不明です。
なお『黒田御家御重宝故実』にも、本刀については記述を欠いています。『享保名物帳』編集当時、筑前福岡城主・黒田家にあったことは確かですが、同家への出入りの経緯は不明です。代も百貫とありますが、本阿弥家の『名物控』には「無代」とあります。すると、百貫の代付は元禄(一六八八)以降に行われたことになります。
刃長は二尺一寸九分(約六六・四センチ)とあるが、現在は二尺八分(約六三・〇センチ)に区送りされている。すると、表裏にある刀樋も区送りのさいの追刻と思われる。地鉄は小板目肌、刃文は彎れ調の直刃に五の目まじり。中心は目釘孔二つ。「阿州氏吉作」と在銘。

参考文献:日本刀大百科事典
写真:刀剣名物帳「岩切海部」

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