日本刀の世界 ~日本の様式美~

日本の伝統文化である日本刀の刀工・刀鍛冶、名刀、刀剣書籍など

行光

【刀剣紹介】鷲の巣

鷲の巣 相州行光作の短刀の異名です。文禄元年(一五九二)四月十一日、肥前名護屋(佐賀県東松浦郡鎮西町)へ下向の途中、芸州広島(広島県広島市)へ立ちよった豊臣秀吉は、これと備前光忠の刀を、毛利秀元に与えました。 参考文献:日本刀大百科事典

【刀剣紹介】矢目行光

矢目行光 『享保名物帳』追記の部所載、「行光」と二字在銘です。徳川将軍から紀州家拝領です。慶安二年(一六四九)、百枚の折紙付きです。拝領はそのころでしょう。後年、紀州家より出羽秋田城主・佐竹家へ贈りました。その時期は不明であるが、佐竹義処の長…

【刀剣紹介】末期行光

末期行光 織田信忠が天正十年(一五八二)六月二日、二条城で討死する前、わずか三歳の長子・三法師丸(秀勝)を、前田玄以に託して、岐阜へのがす時、信忠が三法師丸へ与えた、という短刀です。無銘の加州行光の作です。 平造りで、差し表に櫃内の剣巻き竜、裏…

【刀剣紹介】佐藤行光

佐藤行光 『享保名物帳』所載、無銘相州行光極めの短刀です。もと佐藤勘右衛門堅忠所持でした。堅忠は初め豊臣秀吉、のち徳川家康に仕え知行千石です。慶長十七年(一六一二)没、 六十五歳でした。本刀は本阿弥が相州行光と鑑定、金百枚の折紙をつけたので、…

【刀剣紹介】後藤行光

後藤行光 『享保名物帳』所載、相州行光の短刀です。もと金座・後藤庄右衛門広世所持でした。本刀を加藤左馬助嘉明が入手しました。宝永元年(一七〇四)の折紙は三千貫でした。以後、嘉明の嫡孫である江州水口藩主の加藤家に伝来しました。大正十四年、同家の…

【刀剣紹介】大島行光

日本の美、日本刀 まだ腰に刀を差していた時代、日本刀は自分の身を守るためだけではなく拵えの装いや粋な刀装具を周囲に見せ、その刀を差す武士の品格を表していました。また、現代のように自身を彩るものは多くなく、腰に差す刀剣でその人のお洒落さをも表…